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根源(アルケー)に還る  その4

さきに阿弥陀様(大ミオヤ)のみ許に還ることによって私たちが私たち自身に還ることについて述べました。いわゆる真実の自己を回復するのです。中世では浄土に往生することが主眼となって私たち一人ひとりの主体性の問題については必ずし

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根源(アルケー)に還る  その3

田中木叉上人の『心田田植歌』の中に、「ふるさと」と題して、   いくよ流転の波まくら     ゆられゆられていつまでか   うきさすらいの旅の空     ふるさと恋し親恋いし の歌があります。「ふるさと恋いし」とあるよう

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根源(アルケー)に還る  その2

古代ギリシァ人たちは最初は豊かな神々の世界(神話の世界)に生きていました。いわゆる多神教と称せられる世界であります。多神教における神々の豊かさはそのまま人間の精神の豊かさに連なり、たとえばその最高主神たるゼウスの神に連な

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根源(アルケー)に還る  その1

今回は[※1]「根源に還る」のテーマでお話させていただきます。ここで根源とは万物の根源のことですが、また、同時に何よりも私自身にとっての根源でもあります。すなわち、私自身がそこから生まれ出た根源であります。 そのことを最

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東西霊性文化と光明主義

弁栄聖者の光明主義は新しい時代を開く宗教であります。しかしながら、その宗教は決してただ単なる未来に向かっての新しいだけの、いわゆるダーウィンやマルクス等にみられるような進化論的な宗教にとどまるものではありません。同時にそ

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光明主義は日本的霊性の完成03

──第3節 光明主義は縄文的霊性の完成── 光明主義には弥生的霊性の完成にとどまらず、それをも突きぬけて縄文的霊性の完成の意義もあります。 弁栄聖者の霊性や鈴木大拙博士の「日本的霊性」にもみられるように、日本には霊性の豊

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光明主義は日本的霊性の完成02

──第2二節 光明主義は弥生文化(稲作)的霊性の完成── さきに日本文化の重層的立体性の構造について述べました。即ち大乗仏教的地平、その背景に弥生(稲作)の文化の地平、そして更にその奥底に縄文的文化が存在していて、それら

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光明主義は日本的霊性の完成01

[※1] 多くの場合、光明主義は浄土宗の改革運動としてみられています。殆どの浄土宗の僧侶たちもそのように思っています。筆者自身も全くその通りで、浄土宗僧籍があり、光明主義が伝統的浄土宗の変革運動であると思っています。 し

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名号の不思議06

──第1節 応声即現、そして同時(処・事)性へ── 「応声即現(おうしょうそくげん)」とは、すなわち「声に応じて阿弥陀仏が即現したまう」の意味である。このことばは善導大師が『観無量寿経疏』(定善義)の第七華座観に説かれて

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名号の不思議05

声と実存 二十世紀最大の哲学者の一人であったカール・ヤスパース Karl Jaspers(1883-1969)は、かれの哲学の核に限界状況(極限状況とも訳される Grenzsituation の訳)がある。それは人間が究

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